■講演-4 マッチング事例(NPO)

 連携事例1:海を活かし、森をつくり、人を育てる

認定NPO法人 共存の森ネットワーク事務局長 吉野奈保子

 NPO法人共存の森ネットワークは、「聞き書き甲子園」という活動を母体に生まれました。これは、毎年100人の高校生が森とともに生きてきた名人、たとえば、造林手や炭焼き、木工職人等を訪ね、その知恵や技、生き方を「聞き書き」し、記録する活動です。現在は、海・川の名人、つまり漁師や海女、船大工等の「聞き書き」も行っています。名人の多くは、農山漁村地域に暮らすご高齢の方がほとんどです。高校生は「聞き書き」を通して、自然と向き合いながら暮らしてきた名人と出会い、自らの暮らしを自らの手でつくる生き方や働き方、その価値観を学んできます。

 平成は不安の時代と言われています。私たちの暮らしは、自然ではなく、貨幣(お金)に依存するようになりました。「聞き書き甲子園」がはじまった当時、今から14、5年前の流行語は、「キレる」でした。人と人との関係、生産と消費の関係、人と自然との関係がキレてしまった。すべてお金に依存する社会になり、「今さえ良ければよい」という価値観になりつつあるのではないか。リーマンショックのときに、高校生は言いました。「今、世の中が変わるときかもしれない」。そんな高校生の言葉に励まされながら、キレてしまった人と自然、人と人、世代と世代をつなぎたいと考えています。

 そもそもこのNPOは「聞き書き甲子園」に参加した高校生がつくった組織です。彼らは、名人の話を「聞いただけ」で終わりにしたくないと考え、里山里海の保全活動や農山漁村の地域づくりの活動に取り組んでいます。「聞き書き」の活動、新たに参加する高校生の指導やサポートも、彼らが担っています。

「聞き書き甲子園」には、株式会社ファミリーマートをはじめ、数多くの企業の支援をいただいています。名人の選定や参加高校生の募集には、農水省、文科省、環境省をはじめ、さまざまな団体の皆様にも協力いただいています。NPOは、名人と高校生、そして企業や行政をつなぐプラットフォーム機能を担っており、そこから新たな人材や学生たちの活動が生まれています。

 卒業生の活動のひとつに、岡山県備前市日生(ひなせ)のアマモ場再生活動があります。長年アマモの再生に取組んできた日生漁協の元組合長・本田和士さんが名人に選ばれ、高校生が「聞き書き」したことをきかっけに、学生たちの活動は始まりました。学生たちは、地元の中学生にも、活動に参加してもらいたいと考え、備前市立日生中学校の授業をサポートするようになりました。中学生の多くは、海でアマモがどのような役割を果たしているのか、よく理解していませんでした。防潮堤に打ち上げられた流れ藻は腐敗し、異臭を放ちますので、アマモを増やすために流れ藻を回収する作業を、海の清掃活動だと勘違いしたほどです。そこで中学生が、地元漁師に「聞き書き」をする活動も平行して行っています。その結果、アマモの大切さや故郷の歴史を理解し、未来につなげたいという考える中学生が増えてきました。また、保護者も漁協の活動を理解し、協力するようになりました。子供たちを中心に置くことで、大人が動かされる。地域の将来を見据えて、同じ方向に動き出したのです。来年6月には、ここ日生で、全国アマモサミットを開催します。ぜひ、多くの方に日生を訪れていただき、活動をご覧いただければ幸いです。

 東京での活動は、東京港の中央防波堤内側埋立地を、市民の手で森にしようという「海の森づくり」に参加しています。ゴミでできた埋立地は、大量生産・大量消費の、いわば私たちの負の遺産ですが、ここを森にすることを通して、これからの時代の新たな価値観を発信しようと取り組んでいます。東京都としては、明治神宮以来の植樹による広域な森になりそうです。これからは、いかに手入れし活用していくかを考える段階になります。

 そもそも江戸は、周囲の農村と一体となった究極のリサイクル都市でした。糞尿は金肥として畑の肥料にする。和紙や古着、さまざまな道具もリサイクルし、リユースし、リデュースすることが徹底していました。この江戸の仕組みと、「もったいない」という日本人特有の価値観をお手本に、未来の循環型社会を見える化し、その発信拠点にしたい。そのために東京都とNPOがプラットフォームになって、「海の森倶楽部」を立ち上げました。現在、40以上の企業や団体に登録していただいています。お互いにアイデアを出し合いながら、「海の森」という場を活かしながら活動し、発信する。ただ森をつくるのではなく、そこに人が集まる仕組みをつくろうという狙いがあります。

「自然再生は、人と自然の関係(つながり)を再生すること。
 自然を介して、人と人とのつながり(地域)を再生すること」

 これは、私たちのNPOの理事である木村尚さん(海辺つくり研究会理事・事務局長)の言葉です。活動をするときに、自然再生だけを中心に置き、どんな社会をつくるのか、その活動を通してどんな人材を育てるのか、といった議論が抜け落ちてしまうと、結局、活動は思うように広がりません。東京湾の再生活動も、次世代をどう育てるのか、どんな社会をつくるのか、といった観点をもつことで、新たな動きを生み出すことができるのではないかと思います。

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